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02/08/2006

第二話 妖怪十物語 (6-2)

Horrorホラばなし

第二話 妖怪十物語(6-2)

第六夜 母の心(其の参・承前)


 源頌が、破れた障子の扉まで、恐る恐る近づき中を覗き込もうとしたときだった。源頌の後ろから、誰かが突進してきた。源頌は声を発する暇も無く、家の中に転がり込んだ。

 源頌は襲ってきた男の二の腕を後ろに捻り上げた。

「イタタタ!」と声を上げたのは、先ほどの老僧である。その老僧を、外に連れ出そうと立ち上がったとき、またもや後ろから、エネルギーの塊に押され外に吹き飛ばされた。再び、三人同時にである。

「源頌さん、貴方は外にいてください!」と慧鶴言いつけると、家の中に突っ込んでいった。老僧も負け時とばかりに、その後を追う。「坊主に化けた。妖怪め!」

源頌は、老僧を引き止める。老僧は、源頌の鳩尾(みぞおち)に、鋭い蹴りを入れてきたからたまらない。余りにも強烈な不意打ちを食らった源頌は、気を失ってしまった。「この妖怪め!恐れいったか」というと、中に入っていった。

 慧描くが、老僧に引きづられて出てくるが「貴方は、何をやっているのですか!?」とドヤシつけられ、呆気にとられる老僧。

「御主、化け物とは違うのか!」

「化け物は中です。それより、おあつさんの手当てを」

老僧は、源頌とおあつの傍に行き、おあつを起こしにかかった。それを、林の方から眺めていたきぬが、子供が走り寄ってきて「あっ!、坊さんは?」

「おうお、きぬ坊と、とめじゃないか」と身体に異常の無いのを確かめたが「おっかぁは、どこ?」と聞くきぬの不安そうな顔を観て、返事に困った。「ここには、おらん」と声には出したが、「魔物に取り付かれたお前の父親に喰われてしもた」とは、とても云える訳が無い。どんなに強い剣客であれ、魔物を斬り倒す事は出来ない。まして、法力を会得して無い坊主に何も出来なかった。子供にせがまれ、背を向けていた老僧の横に、慧鶴が三度吹き飛ばされてきた。

 「源頌さん、起きてください」と云う声で、起きれるはずも無い。慧鶴は立つと、源頌の処へ行き、横腹を蹴って起こした。老僧もそこへ来た。「あんたは?」

「魔物退治を専門とする修行僧です。(道鏡慧端)瞭然禅師の弟子です」ここまでの御歳であれば、道鏡慧端の名前を知らぬ坊主は、坊主の偽者。いまは、時間をかけて説明出来ない。

「道鏡先生の…!」と引き下がったが、「これは、運命の引き合わせー、ワシはな。」と云い掛ける老僧を脇に押し、源頌の頬を叩いた。

「こいつは、わしが打ちのめした。殺すのか?」

「何を、馬鹿なことを!起こすのです。魔物退治に、このお坊の力が必要なのです」

「なに、わしではだめか?」

「あなたの、力を知りません、あなたの、命がないかも」

「わしも、昔は道鏡先生の弟子の頃があった」と、源頌を起こす。

「では、源頌さんを、起こしてください。妖怪の力を弱めている間に、一気に打ち倒します」

老僧、そのパンチ連打の速さ。慧鶴は、魔よけを二人に渡すと、魔よけに書かれている文字を読みあげながら、私の後ろから付いてくるように指示し、大黒柱に入り込んだ妖怪を両方から挟み込むよう言いつけた。

 慧鶴は、韻を踏み戸口を中にはいる。続く二人。魔物の悲鳴は、家の中の小物を四方に飛ばし、苦しがった。慧鶴の合図で、大黒柱に魔よけを貼り付けた。魔物の断末魔。と、大黒柱の中から、人間の男がはじかれたように飛び出てきた。

「この男が、あの子供の、母親を喰い尽した」と老僧は行った。

「あんたは、何もせず、見てたのか」と慧鶴。

「わしは、壁に貼り付けにされていたんだ」

「すまなかった、そういう、つもりで、聞いたのじゃない」と慧鶴。「この男に、もう霊気はないし、害も無い」

 三人が出て行こうといたとき、柱から出てきた人魂が輝きながら浮かんで、死んだ男の方に近づいてくる。それを観た慧鶴は「母親の魂よ。母親の魂が、男親の身体に宿るのだ。

あの子たちには、内緒にしとこう」

「ここは、このままにしておくのか?」と老僧。

「不服か?それとも、私たちが、魔物を倒したことを、誰かに教えたいのか?そのうち、誰かが気付く、害は無い。それより、村長の家で、魔物の親方が待ち受けている。これからが、本番の戦いですよ。御坊」と老僧に云った。


母の心(終わり)


次回 第三夜 壁抜け妖怪 抜け壁退治(一)

を、御期待ください。
九月より[arkajes的 怪奇故事]に移ります。







26/07/2006

第二話 妖怪十物語(6)

Horrorホラばなし

 

第二話 妖怪十物語(6

 

第六夜 母の心(其の参)

源頌は、背からきぬを下ろし、おあつの家から離し、竹林の方へ移動させた。「ねぇ、何があったの?」慧鶴の背中で一回転して着地したときに起きた、とめが聞いてきた。きぬはまだ朦朧とした目を二人に向けていた。

「見ていれば、いい」源頌にもどうなるか解るわけが無い。

 

家の中に飛び込んだ慧鶴は、周囲を確かめた。妖気は感じるが動く物体は見えない。足元に、一人の女が倒れている。顔を見ると老齢であることから、きぬたちの祖母にあたる年だ。

「おあつ!おあつ!」と起こしてみるが、動かない。この女から、妖気は感じない。呼吸はしていたので、板場に運んだ。板場に男が倒れている。板場に上がり近づいてみると、自分と同じ坊主である。こちらも年配だった。「御坊!」と呼ぶと直ぐに起き上がった。

「来るか!化け物!デェーッ!」と腕を突き出したが、慧鶴は軽く掴み「正気か!御坊」

「イタタタ!誰だ。お主」

「御坊に、妖怪が憑依してた様子は無いな。」

「当たり前だ!」

「この大黒柱か!」と護符を貼ると青白い炎が大黒柱から噴出した。三人は、その勢いで外に放り出さた。受身で体を起こした慧鶴は「律・戒・禅!」と韻を結ぶ。

二枚の護符を手裏剣の様に飛ばすと、家の中にスタスタと入っていく。庭で、腰を打ち老齢の坊さんは、ウンウン唸っていた。

「何処の御坊かな」と源頌が近寄ると「この坊主の妖怪め!」と掴みかかってくる。

源頌は打ち捨て、家の方へ近づいた。

 

 

続く

 

第七夜 母の心(其の四)

に乞うご期待ください!

25/07/2006

第二話 妖怪十物語(5)

Horrorホラばなし

 

第二話 妖怪十物語(5)

 

第五夜 母の心(其の弐)

 

「強い妖気を感じた。志和鋳村で何かが起こるぞ」慧鶴は振り返った源頌に云った。

「どうして、志和鋳村と?」

「脳裏に、邪悪な光景が現れた。方位は卯。南南西。」

「志和鋳村は、遥かに見える山々の方面ですからな」

 

慧鶴の背で、とめが寝息をたてていた。きぬも起きてはいたが、源頌の背で朦朧としていた。途中、川で汗を洗い落とし、水の補給もしていた。西に夕焼けが映(は)えていた。歩きながらも、慧鶴はお経を唱えていた。

源頌はそれを聞き、胸のうちで復唱した。それも修行の一環。時を無駄にしなかった。

「ここからですね」道の分岐点から、志和鋳村だと、慧鶴は遠くに点在する家々を見渡しながら、源頌に確認をとる。ズレ落ちそうな背中のきぬを少しはね上げた。

娘達の母親の居場所が、宿場の何処其処と解っていれば、訊ねようもあるが、志和鋳村だけでは見当もつかない。さらには、志和鋳村に観音堂も地蔵堂なければ、寺も存在しなかった。村長を訪ねるしかない。

「慧鶴さんは、日本の地理の隅々まで理解なさっているのですか?」

「そんなことはありません。この村の場所は大方解るにしても、住民までは、役所の者でも知りますまいに」

「仙人でも無い限りですね」

「無我口は、止しましょう。村長を訪ねるのです。」二人は、最初の家に向かった。

「こだらとこ、坊さまが。めんずらせぃ、こったなァ。」

「すこし、訊ねたい。この娘知らないか?」

「迷いっ娘けぇ。顔っこ、見してみろ!」と夫婦でみても、「この村の子供じゃねぇ」

「せい。という名の母親が、この村で待っているって、この子らが、云っていたんだが、この村に居るか。“せい”だぞ。」

「まんすけのむすめっこ、せい、云うたな。」

「あそこは、せん、じゃ。“せい”は、おあつさんとこだ。しかし、やくざの“きちべぇ”に、攫われた。云っとったなぁ。」

二人の夫婦は勝手に話していたが、“きちべぇ”の名前が出ると、子供が云ってたのは、嘘ではなかった。と、いうことだ。

「おあつさんの、住まいを教えてくれんかの?」と源頌が訊ねる。

「そういや、村長さん処で、奇妙なことが起こっとるんじゃが。坊様は、其のことで、来られたんじゃとなぁ」

「それは、どういうことだ?」と慧鶴。

「いまの村長の親父さんがこの前、死によった。古い高価な美術品に魅せられてのう。ところが、葬式の七日目に、村長の倉庫の前まで来ると、倉庫の前に置いてあった。机が、女の体のようにクネクネ動き出し、倉庫の壁を突き抜けて中に消えてしまった。と、不思議がってんだ。もつろん、誰も笑って、相手、すんなかったもんだ。

けんど、おいらの、弟のにすけも、椅子がクネッて、壁に吸い込まれるとこ、見たという。わすはな、おとうとにな。兄を鎌かけて騙すような事は、金輪際するな!と、起こったんださ。」と夫の方が云うと、妻の女の方が、「もう、村中の半分ぐれいは、見てるんだって。わすは、見てネェす」

「おらも、見てねんださ。」

「あんたの話を突然聞いて、信じられることではないにしても、調べる価値は有ります。」と慧鶴が云った。百姓夫婦は意外な顔をしながらも笑顔をみせ、源頌は内心完全な嘘と感じた。それに乗るのは、あまりにも馬鹿々々しいと、慧鶴をにらんだが、慧鶴は「おあつさんの処に、この子を預けたら、村長の処に急ぎましょう」と、逆に源頌を見据えた。

「慧鶴の行動に無駄は無い」

源頌は、こころに言い聞かせて、反論しないことにした。なぜなら、子供に占領された背中を早く開放したかった。

「邪魔したな」と夫婦に笑いかけ、そこを後にした。後ろから「何か、こしらえますので、食って行っては、どうかね。」と声があったが、「気持ちだけ、戴きましょう」といい、おあつの家を目指した。竹林の裏手に小さな家があった。老人が目ざとく坊主を見ると「なんぞ、様か」と異様な眼つきで、僧を睨んだ。途端、慧鶴の身体が中に舞い上がると、横に飛んだ老人の上から、護符と投げつけた。払い除けようとする老人の手の隙間を縫って、額に張り付いた。と思うや、奇妙な声を発して、前転すると、狐の妖怪に変わっていた。護符はくっ付いたままで、暫くのた打ち回っていたが、霧に紛れ見えなくなったが、慧鶴は、背中のとめを、源頌に渡し、「家の中も多数の妖気がある。源頌さんは、離れて子供を守って置いてください。」

子供を守るも、常人の力持ちだけで、守ることが出来るかどうか、慧鶴に聞く間も無く、慧鶴は韻を踏みながら、家のなかに飛び込んだ。

 

続く

 

第五夜 母の心(其の参

に乞うご期待ください!

 

24/07/2006

第二話 妖怪十物語(4)

Horrorホラばなし

第二話 妖怪十物語(4)

第四夜 母の心(壱)

源頌にとって、妖怪退治はこの世に生を受け、初めてのことだった。慧鶴に「あなたは、私の命の恩人です」と云われたとき。自分に誇りらしきものが生まれた。

「この若輩め!」と思いつつも、彼の力は「常人に在らず」と多くの人が言うのは、当然だった。「あなたは、私の命の恩人です」と云われても実感はなかった。彼が紙に封じた「魔よけ」が無かったら、二人とも死んでいたのだ。

「源頌さん」慧鶴は、物思いに耽っている源頌に声をかけた。互いに、あまり話しを交わさなかったが、共同で何かを成し遂げた親しみを感じ始めていた。道鏡禅師は、人の心を読む天才でもあった。白隠は、そう思った。自分が誰よりも優れているという自惚れがある限り、道は開かれることは無い。道鏡先生は、無言でそのように答えているようだった。「源頌さん」

親しみに変わった慧鶴の声に、源頌は狼狽し、振り返った。「やッ!申し訳ありません」

「何を考えていたのです?」

「戒厳寺の妖魔をデスね。」

「違うことを考えていたのでしょう。例えば、若輩の私のこととか」

「はぁ~。みすかれていましたか。は~ハハハッハ」

源頌は、この先、戒厳寺までは、気の晴れる旅が出来そうに思えた。

「とうに、昼は過ぎています。そこの木陰で食しましょうか」

「ハッ!そうしましょう」

清隆寺を出るときに、指しいただいた。竹の葉に包んだ麦と粟を混ぜたおにぎりを頬張りながら「初七日まで、居てやりたかったのですが、戒厳寺の方も、大変なことになってるから、仕方ない」

「脅威は取去りましたからね」

「そうです」

「源頌さんが」

源頌は、握り飯を取り落とそうとしながら「その言い方は、止しましょうよ。穴があったら入りたいですよ」と、また、笑いが起きる。国を担う百姓の者たちは、天災、年貢、野党に苦しめられている。いかなる生業(なりわい)であろうと、生きることが苦しみである。其の中で、少しでも笑顔が出る生き方をさせたい。その祈りから源頌は僧の道を選んだ。武士の子として生まれたが、父は職にあぶれ陽がな手内職をし、時には道場の臨時道場主をやっていた。金が無く、母が病気で他界した際、持ち金と源頌を寺に預け行方知れずとなってしまった。四十数年も昔だった。

「今度は、何を考えているか、あてましょうか?」

「子供染みた事は止めましょう」といいつつも源頌は赤面していた。

「おねぇちゃん、お腹減った」どこかで、幼い子の声がした。源頌は、三個在ったおにぎりの一個を食い終わったときだった。

「ごめんなぁ、とめ。食うものは、な~んもっとりゃせん」とさっきより年上だが、子供の声がした。近くだ。源頌は立ち上がり、あたりを見回し子供を捜した。

「誰か、居るのか?」

「とめッ!隠れるんじゃ!」

「いや~ん、腹減ったー」とせがんでいる。大木の後ろに、少女が二人いた。

姉の方が妹らしき小さい子を背に隠し「何でもありゃ~せん。人間違いだ。」と怯えている。

「わしゃ、ぼんさんじゃ。こまっとる人を、助けとるんじゃ。こち、来い。」と手招きする。

「おにぎりじゃ~ぁ」と妹の方が眼をきらきらさせている。「とめ。ダメ。坊さんの姿した、人さらいなんだから」

「ひとさらいって、なぁに」

「なまはげよ」

「なまはけって、美味いの?」

「ばけもんよ」

源頌はおかしくなった。「おかぁやおっとうは、おらんのか?」

「水汲み行っとる」姉は気丈夫な娘のようだ。源頌の動きを一部始終みて、その動ごきを察知して微妙に、妹を自分の後ろに立たせていた。「すぐ持ってくる。とうちゃんは、鍬持たせたら侍も逃げるくらい強いだから。かぁちゃんも、強いんだから!」瓜実化顔の可愛い顔立ちをしながらも、今にも襲い掛からんばかりの狼の目をしている。

「わかった。じゃぁ、おとうやおかぁが、帰ってくるまで、坊さんの余ってしまった、おにぎりを食べながら、待っといたらいい」と筍の皮に包んだおにぎりを渡そうと、一歩近づくと、その分だけさがった。

「源頌さん、その子供は、そんなに腹は減っていないんだ。兎に角、私らだけでも腹を満たしましょう」と慧鶴が後ろでに現れた。

「小さい娘子は、腹が空いておる」と振り返る。

「姉の方が、食べさせてくれるだろう。坊主のわしらも腹が空いている。」と言いながら、にぎり飯をガブリと大口で頬張り「うまい!これは、うまい!」と笑顔で食う。

子供たちは、よだれを流してみている。「源頌さんも、握り飯が欲しくない子供に、やる必要はないだろう」と片目をつぶる。

「仕方ない。」と、慧鶴(えかく)にうなずき少女二人に「とめちゃんや、このでかい!うまい!握り飯をあげたいと思っていたが、おねぇちゃんが直ぐに食べさしてくれるんじゃて。だから、この握り飯はこの坊さんが食うぞ。これで、後はもうないぞ。」

「何をいっている。腹を満腹にしておかないと、次の村の妖怪を倒せないぞ!」と慧鶴が云い、また一口食らう。「うめえなぁ」

「おねぇちゃん、お腹減った」と泣き出した。姉の方のお腹もグーッと鳴る。

慧鶴(えかく)は、右手に持った握り飯を食べ終わると源頌の握り飯を掴み「これは、姉にやる分の握り飯だな。ねぇさん、これは、お人好しの坊さんが、あんたに食ってほしい差し出した握り飯だ。しかし、あんたはたべとうない。だから、わたしが食ってやる。しかし、源頌和尚が持っている。握り飯は、妹さんにってほしいと差し出した握り飯だ。これは、あんたがくものじゃない。妹さんの物だ。解るな。」という。

姉のほうは、ジッと慧鶴の顔を、慧鶴の手をみている。

「おまえさんが、食べとうないなら、私が食うぞ。」

「卑怯だ!」と姉のほうが言った。

「なぜだ?」

「あんたは、まだ二つも手に持っている。なんで、人の飯取るだ。」

「坊主はな、一度差し出したのもは、その人が受け取らないからといって、自分では、食わんのだ。どうぞと、差し出した時点で、今私が貰った握り飯は、おまえのものだ、お前が食わねば、捨てることになる。ところが、おまえが捨てる前に、私が拾った。この握り飯が、私のお腹に入ってしまうまでは、おまえのものだ。このお坊さんに、ありがとう。とちゃんと礼をいえば、渡してあげよう。それとも」と口に運ぼうとすると「あ~ぁ」と姉のほうが手を出した。

「そんな声を出せば、食えないだろう。これは、おまえのモノだから」慧鶴は、目を細めた。「この握り飯は、おまえのものだ」

「あたいの、おにぎり。あたいの、御握り」

「源頌和尚に、お礼を言って、受け取りなさい」と目と細める。

「源頌和尚、ありがとう」姉のほうが、慧鶴に近寄った。

源頌が妹のほうへ、握り飯を差し出すと泣き顔を笑顔に変え近寄ってきた。

二人の子供は、おにぎりを手にすると餓鬼のように、食い出す。慧鶴は左手の握り飯を源頌に差し出した。

笑顔を向け、源頌が握り飯をとると、それを見ていた姉の顔に笑顔が浮かんだ。急いで食べて喉を詰らす妹の「とめ」の背をさすり、竹筒の水を飲ます源頌に姉は安らぎの眼差しを向け、残り半分をゆっくり食べ始める。

二人合わせて約一個分を残したので、残りは竹の皮に包み、それぞれの懐に入れてやった。

「これから、どこに行くのだ」と聞くと、母のところという。母の居場所は志和鋳村。「戒厳寺」へ行く途中を南に下った山方になる。ここに、幼子を置き去りにするわけにもいかず、連れて行くことにした。しかし、姉のほうは、また、心を閉ざしてしまった。

「ここで、お父ちゃんを待つ」という。

「いつ来るんだ?」

「もうすぐ」

「いつから待ってる?」

「きのう」

「それまで、一緒に居たのか?」と聞くと、この辺で待っていろといって、どこかへ行ったと答える。

別れた場所を聞いても判らない。待ってろといわれた場所も定かでない。慧鶴はこのような事態には関りたくない様子で、道路の脇で寝転んでいた。行く宛ての無い素浪人のように。

「おかあちゃんは、志和鋳村に行けば判るのか?」

「お父ちゃんが、そこで、おかあちゃんが待っていると言っていた」

「では、おかあちゃんのところへ行こう」

姉のほうが、頭を振り父を待つというのだ。志和鋳村は、今行けば、今日中にいける。「慧鶴さん、妹のほうは私がおんぶするが…」といいかけると「待ってくれ!姉のほうをおんぶするのは、荷が重い」と体を起こした。

「勘違いするな、姉のほうは、歩かせる。途中で歩けなくなったら、姉のほうを私が背負うから、そのときは、妹のほうを背負ってくれ」

「それなら、話が判る」と立ち上がった。

源頌は、紙と筆を出すと、(きちべぇさまへ、きぬ、とめ、しわいむらの、ははごのもとへ、とどけ候 源頌和尚)と書き記し、大木の通りによく見えるところにその紙を貼り付けた。文字を押さえながら、読み上げて「これなら、お父ちゃんにもよく見えるだろう」とふたりに言って、通りに出た。

源頌は、とめを背負い、慧鶴はきぬの手を引いて志和鋳村に向かって歩き出した途端、慧鶴は背筋に悪寒が走った。

「どうしたの?」ときぬは、慧鶴に尋ねた。前を歩いていた源頌が振り返る。「どうした」

「強い妖気を感じた。志和鋳村で何かが起こるぞ」

 続く

 

慧鶴の鋭い霊感!

明夜の

第四夜 母の心(弐)

に乞うご期待ください!

 

 

21/07/2006

第二話 妖怪十物語(3)

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第二話 妖怪十物語(3)

 

第三夜 死での旅の道連れ(其の参)

 

雨が止んだ。今のうちに、魔よけを貼らなければならないが、糊の在り処を知る住職が息を引き取っていては、話にならない。慧鶴は、魔よけの蝋紙の半分を源頌に渡し、墓の周りから石を拾って文字が隠れないように全部の墓石に乗せなさい。それで奴は、墓の中に戻れなくなる。早く!」というなり、裸足のまま外に走り出た。源頌も慧鶴の後を追った。雨は小降りになっている。

暗がりで、小石を探す。あるように思えた小石は、なかなか見当たらない。草の間から、二個見つけ、墓石の台に魔よけの紙を置くと、髪の上両端に石を置いて固定した。

「こんなもので、よいのだろうか」と慧鶴を見ると、「終わったか?」と聞いてくる。「今、ひとつです」

慧鶴は、走りより源頌の手から、二枚を残し「急げ!もうすぐ出てくる。下の村のほうへ逃げるんだ。」と云いつけ、墓に一舞ずつ置いていった。狭い道路に出た源頌は、村といってもどちらに向かえばいいのか、気が動転していた。

とりあえず、走り出した。道の先から道に走り出た人影。源頌は、慧鶴と見て、「やっと、来てくれたか」と声をかけたが、「何処にいっている」と後ろから白隠の声がする。目の前にいたのは、魔物である。

ヒーヒーの体(てい)で、慧鶴の方へ走り出す。魔物は、走るのはそう速くはないが、一定の速さで追いかけてくる。二里ほどはどうってことはなかったが、それから先は心臓が張り裂けそうになった。後ろを向くと、魔物はついって来ていない。「慧鶴さん!あいつは、追って来てないみたいですよ。休みましょう。」

「馬鹿を云ってはいけません。住職と同じになりたいのですか。」

「いつまで、走ればいいのですか。」

「夜明けまでです」

「夜明けまで、走るのですかな!?」

「奴を倒すのは、陽の光です」

「呪文じゃ、無いのですかな?」

「それは、絵空事に過ぎません。仏の教えは、物理に叶ったものばかりです」と、清々しい(すがすがしい)顔で答える白隠に源頌は腹が立ってきた。

この若輩者に馬鹿にされてはなるものか。意地でも白隠より前を走ってやる。その気で走り続けたが、その限界に着てしまった。

ヒャッ!ヒャッ!

「もう、だめだ!」と倒れ込んでしまった。

「ダメですよ!」と白隠も疲れを隠しきれない。「誤算がありました。源頌さん。」

「何ですか?それは。」

「水ですよ。水が無いと。走れません。」

確かに、慧鶴の言う通りだった。「川は、無いのですか?」

「そこまでは、僕にも解らないです。水は、霊感を放つときと、放たないときがあります」

「今は放たない、とでも?」

「そのとおり。とにかく、距離を置かないと。」

長い一本道に差し掛かった。そうなると、後ろに遠くあの姿が肉眼で見えてくる。

「ヒーヒー」「ハァーハァー」二人は、頭から爪先まで、汗みどろ。格好は走っていても速さは歩いているのと変わらないほどでした。

魔物は、着実に二人に近づいてきていた。源頌は足元の直径5寸(16.5cm)程の枯れ木を見つけた。立ち止まると、肩で息をしながら「慧鶴さん、先に行ってください。あいつを倒せるか、一か八かの賭けです。もう、走れない。今の私は、(窮鼠のねずみ)じゃない、窮鼠命運の一撃って、ハァ~。」と腰砕けになるも、背丈もある枯れ木を持ち上げた。

源頌は、力持ちではあるが、これほど長い時間を走り続けた経験が無い。大きな体躯も力の元と食うときは人一倍食うのが源頌流と云ってきたが「身軽にせよ」とは、このようなときもあるとの戒めだったと、今思っても詮無いことだった。

「馬鹿は止せ!相手の力は計り知れない、力士の首の骨を一撃で折ってしまう。そんな枯れ木など奴にとっては、空気のようなもの」

かなり遠くに見えていても、奴は迫っていた。雨雲は去り、星空になっていた。足元は合いも変わらず抜かるので走り辛い。

源頌は道の真ん中に、身の丈もある枯れ木を捨てた。「死ぬまで、走るってことか!」

「そうです。源頌さん。あなたは、今魔物と戦っているんです。此処で、あなたが倒れ、生気をすえば、奴の力は倍増する。次の村の人々もその犠牲になる。村から一里のところに来たら、山道を駆け上がる。つかまる前に日が昇れば、我々の勝利です。いまはただ、体力勝負です。取りあえず走りましょう」

ところが、中途半端に泊まったものだから、足が吊ってしまった。「あ、イタタッ!」

「崖に飛び込みますよ。」

「何!」刹那。

慧鶴は、源頌を押し抱くと道の斜面へ身を躍らせた。身を丸め、厚く積もった濡れた落ち葉の中を転がった。

緩やかになった斜面で落下は停まり源頌に近づいた慧鶴は「源頌さん、やつには、人の体温は感じない。死体には興味ない。生気も身が奴の原動力です。足音が地被いて来たら、目を閉じ、息を止める。息をしているもの。動くもの。これが奴の追い求めるものです。ただし、布団での体験はありますが、このような処での経験はありません。試しに」と懐から魔よけの残りを出し、横たわった源頌の胸に乗せた。「二人で、やってみましょう」

慧鶴も横たわり、一枚を胸に乗せた。

魔物は、道路の上から見失った獲物を探していた。半時もすると源頌の痛みも和らいできた。といっても、歩けるほどではなかった。

白隠が源頌に話しかけようとしたとき、道路からの飛来物があった。奴だった。魔物は、白隠の足元を転がり落ちていった。まだ、動くわけには行かない。夜が白み始めたが、直射日光が差すまでには時間があった。既に、二人とも着ている着物はグッショリ濡れていた。

濡れた落ち葉を踏みながら、何者かが近づいてくる。呼吸を止め、暫く待つ。足音が遠さかると呼吸を始める。木立の間から、日が差してきた。

「誘(おび)き出しを始めます」と白隠。

「誘(おび)き出し?」

「そうです、誘き出し。完全に息の根を絶つ!」スックと立ち上がり白隠は、周りを見回した。「立てますか?」

「な、何とか」とため息の如く言葉を吐き出し立ち上がる。

源頌は白隠と同じ様に周りに眼を転じた。魔物のいる様子はない。

「何処に行ったのでしょうか?」

「うむ、魔よけは捨てないようにして、上りましょうか」と白隠が一歩足を踏み出そうとしたとき、その後ろの木の葉が天に登る勢いで舞い上がった。源頌が、慧鶴を横になぎ倒すと、左手に持っていた魔よけを立ち上る木の葉に押し付ける格好となった。

張り倒された慧鶴が顔をあげてみると、魔物の顔に魔よけが張り付いている。

魔物と共に倒れこんだ源頌であったが、魔よけで一瞬動けなくなった魔物に木洩れ陽が奴の身体の各所を覆った。

ブエェ~ッ!と云う声ならぬ悲鳴をあげたかと思うと、ベタ付く糊のように解けてしまった。

笑みを浮かべ「源頌さん、よくやられた!」

源頌は、何が起こったか解らぬような顔をしていたが「これで、終わったのですか?」と訊ねていた。

 

一度、先ほどの寺に引き返し、更に寺で命を落とした人々の葬儀、供養を終え、次なる住職の手続きを取ることを村人に言い残し「清隆寺」を後にし、「戒厳寺」に向かった。

 

第三夜 死での旅の道連れ(終わり)

 

「清隆寺」に予定外に現れた妖怪退治は終わったが、

源頌和尚の使命は終わっていない。

この妖怪道中は、始まったばかりである。

 

次回、第二話 妖怪十物語(4) 

 

夜 は「母の心」をお贈り致します。

明々後日の夜を乞うご期待!

20/07/2006

第二話 妖怪十物語(2)

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第二話 妖怪十物語(2)

 

第二夜 死での旅の道連れ(其の弐)

 

源頌和尚(げんしょうおしょう)が「戒厳寺」に着いた時は、西に夕焼けが広がっていた。先ほどより、妖気は多く感じられた。とにかく、入ってみることだ。

開け放たれた門を潜ると、足を一歩踏む出す。源頌和尚を中から追い立てるような一陣の風。左に持つ杖で体を支え、右に持つ数珠で顔を覆った。風は収まったものの、妖気が源頌和尚の周りを取り囲んだように感じられる。源頌和尚の技量ではとても敵いそうに無い。寺の中には、無数の悪霊が渦を巻いている。

源頌和尚は悪霊払いの修行はしたものの、その儀式を経験していない。ここは、瞭然禅師に来てもらうしかない。無念に思いながらも、立ち去らねばならなかった。先代・住職基淨が命を落としたのは、悪霊との決戦に力不足から来たものだ。彼が、瞭然禅師のことを知っていれば、一人で立ち向かうこともなかったろう。彼が、一人で立ち向かったのは、禅師のこと以外に、早めに村人を救いたいという心が、判断を鈍らせたのだろう。

自分が来なければ、この寺は永久にこのままであったろう。「今此処で自分が犠牲になっても何の意味も無い」と判断し、瞭然禅師(道鏡慧端)を神州飯山に尋ねた。瞭然禅師は、弟子の慧鶴を紹介してくれた。源頌和尚は、慧鶴が自分より二十二歳も若く暗い顔立ちに寄り付きがたいものが感じられたが、「是非、瞭然禅師が着てもらわねば、この若造では、太刀打ち出来る訳が無い」と云いたかったが、瞭然禅師の前では、両手を突き頭を下げるしかなかった。

道教には元々悪霊払いをする儀式はあったが、日本に伝わった教えには、それは含まれていなかった。日本には、陰陽道があり、中国からは二派に分裂して入って来たものである。瞭然禅師は、臨済宗に陰陽道の悪霊払いを取り入れ元々の道教に近い姿に戻したとものの本には伝えている。白隠はそれを一番に学んだ人であった。

「戒厳寺」までの道のりは、二人の足で二十日はかかりそうだった。意外と慧鶴はこの辺の人々に顔を知られており、民家の座敷や小屋などと宿に泊まれる機会が多かった。まして、雑炊まで御呼ばれになった。

その日も夕暮れになったが、慧鶴の顔見知りのいる地域は、遥か遠くに過ぎ去っていた。久々に空腹と野宿の夜になりそうだった。空は湿った厚い雲に覆われていた。年下といえど慧鶴は源頌和尚と核が違っていた。黙々と歩き続け、交わした言葉は少なかったが、源頌和尚にしてみれば僧の中の天童と云っても過言ではないことを、知ったのだ。

「きょうは、雨になりそうだが、泊まれる民家はありません。ここを山手に行けば、かなり痛んだお寺があります」と白隠が云う。

「行った事が御在りで」

「ない。ついてきなさい」

二十歳前半の若僧(わかぞう)が五十に届こうとする熟練僧(じゅくれんそう)に口走る言い方は無いだろう。と、俗世間体(ぞくせけんてい)の言葉が頭を擡(もた)げてくる。

若く輝くばかりの僧衣を纏(まと)った後ろから、ボロ雑巾僧衣の老体がついていく姿は、まともとはいえない旅ゆきに見えただろう。

四里三町ほど行くと、まさしく古寺が建っていた。寂れた、幾人もの村人が出入りしている。

「何かあったのですか?」と源頌和尚が聞こうとすると、通夜の最中だと気づき、小さな御堂に入っていった。すると、お堂にいた住職が現れ「偶然とはいえ、うちの小僧達が病で臥せっております。村人も、得体の知れない病で、十二人も亡くなりました。医者を呼んできたのですが、流行り病ではない。と云うんです。私一人では、とてもてが足りません。村の女衆に手伝ってもらってはいるものの、坊主が足りない。」

「そんな、事と思い、手伝いに参ったのです」と白隠は云った。

源頌和尚もここの住職も驚いたのだ。

「だた、申し訳ないのだが、部屋がみな塞がっておりまして…。」

「この御堂で、十二体の仏様と、一緒に眠って欲しいというのだな」と白隠が住職のあとを継ぐ。

「とにかく、此方(こちら)へと」と、台所に二人を案内し味噌と沢庵で、麦飯を出してくれた。

通夜の送りが終わると村人は、深夜まで濁酒を持ち寄り、死因の話や亭主やかかぁを亡くしたあとの生活のことなどを話していたが、源頌和尚がふと気づくと、人声も人気さえかき消されていた。死体の横に敷かれた三つの布団。寝る前に、慧鶴は源頌和尚に言った。「夜中、誰かがこのお堂に入ってくるが、返事をしたり、布団から顔を出したりしてはいけません。いいですね。」

住職がやってくると、「私も皆様と共に…。」

「大変ですね。こうも大勢だと。」

「呪われてるんですかね。何かに。」と住職が頭を捻っていると白隠が「私が、肌で感じてるのは、ひとつは世の動きに耐えられず死んでいった御霊が浮かばれないまま、この地表を覆っている」と後を継ぐように言い切った。住職は、やはり、白隠の方を弟子だと思ってたらしく、源頌和尚の方を見て「このお方は」と尋ねてきた。

「瞭然禅師の教えを受けておられる白隠和尚です。妖魔にたたられた村を救いに行かれる途中に、此方に足を向けられたのです。」と源頌和尚が説明する。

「瞭然禅師?道鏡先生のことでは」

「そうです」

「これは、勿体無い」と二人が話をしていると、外からお堂の壁を叩く音がする。「誰だろう、こんな時間に…。」

「静かに!そのままの格好でよろしいから、死体と同じように寝てください。着布団は、頭の上まで上げて、顔を見せてはいけません。」

「どうゆうことで」

「静かに!殺されないためです」

「殺されるって!」

「黙りさい!そして、誰かが近づいて来たら、目を閉じ息を殺してください。あくまでも、死体と感じさせないことです。」

お堂の周りを囲む、雨戸が一段と大きな音を立て始めた。移動している。慧鶴は、素早く布団に潜り込むと頭まで、布団を引き上げた。

他の二人も顔を見合わせ、白隠のまねをした。

ババン!と激しい音。ドタバタ~ン!という音と共に、雨戸が外された。激しい雨音が周りを包んだ。雨に濡れた足音が、布団に近づいてくる。源頌の胸は高鳴っていた、バッツ!と布団が剥がされる音がする。何者かが、死体の布団をはいで、生死を確かめているのだろう。ゆっくり深呼吸をし、こころを落ち着けようと努力した。

端のほうから、着布団が捲られていく。十三人目は、白隠だった。

見るからに恐ろしい人間のような魔物は、白隠の顔を隅から隅まで根目回し吐く息を吸ッた。が、白隠は息を止めて微動だにしない。魔物は、源頌の布団をめくった。しかし、源頌も白隠と同じく、動かなかった。魔物は三回、源頌の息を吸った。白隠のときは一回だった。それは諦め住職の布団を捲った。そして、同じように、住職の顔に自分の顔を近づけ動くかどうかを探った、一度住職の息を吸おうとキューンと息を吸った。魔物は着布団を下ろしかかったが、もう一度住職の頭の動きを見逃さなかった。着布団を胸辺りまで剥ぐと、胸の動きをゆっくりと見つめた、六十を越す住職は息が続きそうになかった。身体が、小刻みに揺れる。再び、自分の顔を住職の顔に近づけ、四度立て続けに、ゆっくりと息を吸った。ついに、住職の息が漏れた。漏れた息を、魔物は一気に吸い込んだ。

住職は引きつるような最期の声を上げたが、そのまま動かなくなった。次に、魔物は吸った息を住職に吹きかけた。死体は、凍りついたように静止した。

足音は、本堂から、台所へ続く廊下へ移動する。源頌はゆっくり息を吐いた。左のほうから、慧鶴の息の漏れる音が微かに聞こえた。

今先聞こえた。ヒヒーヒッヒと云う音は、何を意味するのだろうか。いつまで、無言のままいるのか、朝まで、起きるなと云うことなのか。源頌にはわからなかった。白隠が声をかけるまで、このままの状態でいようと決めた。

そのうち、眠気が差してきた。

「源頌さん、源頌さん」慧鶴の揺り起こす声だ。「退治のときです」

源頌は、着布団を押しのけ体を起こした。

「奴は、向こうの屋奥に行きました。雨も、そろそろ止みます。ここに、魔よけがあります。三十枚用意しました。此処の墓の数は二十五ありました。その墓に、一枚ずつ張ります。」

「どうしてですか?」

「奴が、墓に戻れない為です」

「また、私たちを襲うのでは」

「そうです、危険はあります。三人が、力を合わせれば、短時間で魔よけを貼れるでしょう。」といいながら、住職を起こそうと布団を捲った慧鶴は、その手を止めた。

住職は死んでいたのだ。

                         続く

 

第三夜 死での旅の道連れ(其の参)

<予告><妖怪屍邪酪>との対決の前に、<妖怪屍邪狗>が現れた。どう対処するのか。源頌と白隠の運命やいかに!

明日の夜を乞う、御期待ください。

19/07/2006

第二話 妖怪十物語(1)

Horrorホラばなし

第二話 妖怪十物語(1)

 

第一夜 死での旅の道連れ(其の壱)

 

 夏も終わりを告げようとする九月の昼過ぎ、まだうだる暑さを全身に受けながら、様々なお寺を渡り歩く僧の姿がありました。

 宗派は関係なく、諸国行脚を続け、お寺を訪ね歩き、寺の住職の御坊と問答をする。もし、問答に勝利すれば、そのお寺の住職になれると云う奇妙な風習があった時代です。

 手甲脚絆はボロボロで首にかけた袈裟も雑巾のようにぶら下がっているだけで、気品らしきものは吹っ飛んでしまったような姿で、旅の僧は、「戒厳寺」という寺の前まで来ました。

 旅の僧の名前は源頌和尚(げんしょうおしょう)。京から使わされた僧で、悪さを成している寺が存在するらしいとの噂の真を突き止めるために、幾つもの寺を廻っているのでした。勿論、かなりの修行を積んで、住職に成る資格はありましたが、源頌和尚(げんしょうおしょう)の修行した寺には、兄弟子が数多く居て、臨終を待っても高い職に就けるわけではありませんでした。日本国津々浦々まで観て回れば、あくどい僧が居ないわけは無い。そこで、そういった寺の噂が流れて来ると、いくつかを書き留めておき「これはよい僧侶になった」と、太鼓判を押された僧侶が旅の僧と成るのだそうです。

 源頌(げんしょう)和尚も、そういった寺を幾つか訪ね歩いていたのです。しかし、其の住職と問答してみれば、それは立派な住職で、一夜泊まれば、次の寺へと旅に出るのでした。途中、腹の減るのは覚悟の上、殆んどの家が、物乞いをすれば、食い物を分けてくれました。

  泊まる処は、殆んどが野宿。近くに寺があれば、そこに一夜停めてもらう。善ある人は、野宿の様子を確かめにきては、自宅へ誘う者もあった。源頌和尚はやっと目的の寺に到着したのだ。勿論、到着するであろう認めは、送ってなどおらぬ。突然の訪問となる。

 此処のお寺は立派だが、三年前に住み着き、立派だった前住職がなくなると、そのまま居つき小僧達を他の寺に移し、何処からか連れてきた酒飲み友達とこの寺を継いだといい。    「林舟(りんしゅう)和尚は、ろくにお経はあげられん」と村人はいい、門徒からの集める金は、前のときより多くなったという。

源頌和尚は、寺を見上げると、立派だという面影も何も無い。奇妙な、妖気が感じられた。一息を付き、其の前を通り過ぎた。村の様子を見て回ることにしたのだ。

 一町程歩くと、林の合間に小さな畑が打ってあり、年配の男が一人で耕している。

静かに見守っていると、御坊に気づいた男が、

「見かけねえ、お坊様じゃねえけ」と挨拶をよこす。源頌和尚は礼をしてゆっくり、男に近づいていき「御精が出ますなぁ~」と話かける。

 農夫は腰を伸ばし、腕で額の汗を拭きながら「旅のお坊さんですかな。」

「そうです。日本中のお寺を廻っています。御蔭で、乞食坊主同然です。」

「ご苦労なこっで」と背を向けると、農作業に戻ろうとした。

「訊きたいことが、あるんじゃがな。」

「訊かれとうは、無いな。どうせぇ、生臭坊主の仲間じゃろ」

手漉きで穴を掘り始めた。

「戒厳寺の住職の如何わしい噂を耳にしましてね。それが、本当かどうかを知りたくて、京の都から参ったのじゃがなぁ。」

 顔を上げると、源頌和尚の方を向き「林舟和尚の仲間じゃネェだか?」と訊き「あの、和尚も最初は、そんな姿で現れよったからなぁ。あんま、信用は出来ねえな。」

「評判の悪いところを、ひとつぐらい、云えますかな」

「そんなこと訊いて、後で悪さされんのは、こっちだて。云えるはず、なかんべ。」農夫は、それ以上何も答えなかった。

 

 源頌和尚は、先に歩んだ。道は二股に分かれている。と、小さな家に人が集まりかけている。なにか、話しかけているようだが、遠くて聞こえない。源頌和尚は、少々急ぎ足になった。すると、源頌和尚に気づいたのか。村人は、源頌和尚を避けるように、各家に駆け込んでしまった。

「どういう村なのか。戒厳寺の和尚は、この村人に何をしたのだろうか。」と内心思いつつも、一軒の家の戸を叩いた。返事は無い。

「旅の僧ですが、少し訊ねたき事があるのじゃがな。」

 返事は無い。腑に落ちない何かが、この村にある。隣村の噂は、満更嘘ではなさそうだ。もっと先の家を訪ねてみることだ。

 どの家の戸を叩いても、だれも顔を見せようとはしない。暫く歩くと、道に標識が立ってい、村はずれだというしるしだった。ここで、引き返すことになる。途中、分かれ道で通ってない右へと続く方へ折れた。下り道が、緩やかに左に弧を描いている。左手は土手、右手は谷になった。谷底は、川になったいる。

 左手が野原になって目の前に広がり始める。土手の近くの三本松の辺りに、小屋が建ってい、其の前に七~八歳程度の子供が棒ッ切れを振り回して遊んでいる。あの子供に聞いてみよう。

 小僧っ子は、源頌和尚に気づくと、呆然と立ち尽くした。其の驚いた顔が、滑稽で可愛らしい。源頌和尚は、足早に近寄った。

「ボン!この姿が珍しいか?」と問いかけた。

 子供は、首を横に振り、驚きから、恐怖に怯える顔に変化していった。

「どうしたんだ!」源頌和尚は、少年の肩に手を掛け、強請った。

「たすけて、殺さないで」其の声は、喉の奥から振り絞るような音でしかなかった。

「ボン!この村の坊さんは、恐いのか?」

「こ、こわいよう」

「この村の、坊さんのこと、教えてくれねえか?」

 

 源頌和尚は、「戒厳寺」に取って返した。

 少年、そして其の両親から聞いた話で、ある程度の事が判った。

                      続く

 

第二夜 死での旅の道連れ(其の弐)

 

<予告>先代・住職基淨が命を落としたのは、<妖怪屍邪酪>の仕業だった。村を襲った、恐怖の嵐が解き明かされる。        

            次回、乞うご期待!

18/07/2006

第二話 妖怪十物語(予告)

Horrorホラばなし

第二話 妖怪十物語(予告)

 

前夜 話のはじまり

 

きょうは、私が小さい頃、仏教に熱心だった母が、夏暑いときの夜に話してくれた「妖怪ばなし」を致しましょう。

母も幼い頃、その母親から、また、お寺の日曜学校で聞かされたと申しておりました、その話を、ゆっくり、話そうと思っております。私の母が亡くなって今年で十年を迎えようとしていますが、此処最近、その母が私の夢枕に立つようになりました。仕事運が、薄くなってきた現在の息子が心配になってきたのでしょうか。それとも、あの世に連れて行くためなのでしょうか。それは解りません。ただ、枕元で蚊の囁きのような囁きなので、なかなか聞き取れない。昨夜で七日になろうとする、夜中の二時過ぎ、生暖かい風が、サッシの網戸を通して吹いて来、寝苦しく、僅かに目を開けると、七度現われたるは、まさしく、母親でありました。その母親が、声を強めて云うのには、

「折角、インターネットも繋がり、お前の小説作りの趣味もかねて、ブログにでも、怪奇話を書いたら、どうかえ」と。

枕元で……。

流石に驚いたのは、母がなくなった頃、この弩田舎に、インターネットも、くそもあったもんじゃない。どうも、ホラみたいな夢らしい。

ところが、完全に忘れてしまっていた、あの「はなし」が、みるみる頭の中に蘇ってくるではないか。これは、まさしく「Horrorなホラばなし」にふさわしい展開に、なってきたではないか。

やはり、書かざるを得ないのだろう。明日、七月十九日夜の御題は……。

 

第一夜 死での旅の道連れ

10/07/2006

第一話 田原坂の怪

Horrorホラばなし

 

第一話 田原坂の怪

 

 

月間一話ペースで、Horarr(ホラー)ばなしでもやろうと思います。第一回目の今回は、地元・熊本で、私が体験した生涯只一回のみの怪奇の満ちた出来事です。そう、2006年から25年も前のことです。

 

 

 

1874年3月熊本県田原坂において、最大の激戦となった。 24日、第一旅団と第二旅団は相次いで南下中であった。久留米で木葉の敗戦報告を聞いた両旅団長は南下を急ぐ一方、三池街道に一部部隊を分遣した。第十四連隊は石貫に進む一方で高瀬方面へ捜索を出した。25日、第十四連隊は山鹿街道と高瀬道に分かれて進撃した。山鹿方面では第三旅団の先鋒1箇中隊の増援を得て24日に転進して来た野村忍介の5箇小隊と対戦することになったが、高瀬道を進んだ部隊は薩軍と戦闘をすることもなく高瀬を占領した。

この時の薩軍の配置はほぼ以下のようになっていた。

山鹿 ─(5箇小隊)

植木 ─ (3箇小隊)、(熊本隊主力)

伊倉 ─ (3箇小隊)、(熊本隊3箇小隊)

3月11日より、田原坂の戦いは火蓋を切って落とされたが、その死者はたった三週間で数万人に上ったという。

 

 昭和56年(1981年)ニッカンアルミ建材ので「サニールーム」というガラスで囲まれた部屋の「見本工事」と云って、一日百件訪問販売をやっていた。

 大阪は高槻市三箇牧の豊国生コンクリート株式会社が工場閉鎖をした事で解雇となり、しばらくはアルバイトで食い繋いだが、社宅を追われた後住む所がなく、スゴスゴと玉名に帰るしかなかった。

 玉名に帰っても仕事は無かった。やっとの思いで就職したのが、訪問販売という最低の仕事だった。売れなければ、日当はなし。始めの1週間は、見習いで日当二千円。軽の営業車が、通勤用として貸してくれた。

 

朝、営業に出る前、夜22時営業所に戻ってきては、それぞれにロールプレイの特訓が待っていた。声は枯れ一週間で声は出ないほど掠れた。五日目にアポイントメントを3件取ることが出来て、2件商談成立。報奨金八万円を稼いだ。

 一ヶ月が過ぎ、既に二人組んで17件商談が成立していたが、七月の暑い日にクレームが来た。サニールームの中で、「愛猫が干からびて死んだ」と云うのだ。部長と私のペア三人でお客様の自宅を訪ね、状況を聞き、平謝りをし賠償金段階で、「解約となった」。

 帰りしな、相棒と飲み屋に寄った。熊本新町3-3-33にある「みちば食堂」熊本一のちゃんぽん屋である。http://www.trip.co.jp/lovekyushu/gurumet/436401.html

そこは、樽酒”剣菱”が置いてある。ちゃんぽんも大盛で麺の四倍程の野菜と海産物種類も多い。スープがまたいい。ちゃんぽんの上には生卵が載っている。マドンナが美しいのだ(年齢不詳)。

 

 相棒と二人でその絶品のちゃんぽんを食し、枡酒を何杯飲んだのだろうか。店には、23時半頃に入店し、店を出たのは二時間は経っていた。

 島崎の寮まで、相棒を車で送ると「きょうは泊まっていけ、明日は木曜日で休みだろう」と云ってくれたが、断り玉名方面へ車を走らせた。

 上熊本駅を過ぎ、三年前通っていた熊本工業大学(現在・崇城大学http://www.sojo-u.ac.jp/site/view/index.jsp)の横を通過した。

 かなり酒を飲んだのに、酔いっけは無かった。歌い、踊り、語り合い。昼間の「解約」を忘れたく、飲み食いをしたのだった。始めは嫌だった訪問販売が板についてくると、これも案外面白いと感じていた。明々日の訪問場所を鹿児島・宮崎にした事も、楽しみになって、よく騒いだのだ。

 

 車は、田原坂公園の細い道を軽やかに走っていたが、急に酔いが回ってきた。突然!と云っても云い過ぎでは無い。

 道の端場を踏み、左の畑に転落しそうになり車を停車させた。降りて、深呼吸をする。立ってもいられぬ程酔っている。運転など出来そうも無い。と云って、この狭い道に車を止めたまま眠れるはずもない。あと、四百メートル先に、田原坂公園の駐車場がある。そこに停めて一眠りすれば、酔いも少しは抜けるだろう。

 わたしは、いまいるところが「西南戦争」激戦区だったことなど、気づきもしなかった。車に乗り、エンジンをかけたが、動かない。まさか、バッテリーがあがったわけではあるまいと思い再度キーを回した。エンジンがかからない。

 体が火照っていた。頭はクラクラしていた。車の横を誰かが通り過ぎたような、感じがしたよな?

 

 こんな、山の中で夜中の二時前にうろつく人などあるものか。そう自分に言い聞かせ、キーを回した。

 やっと、エンジンはかかった。動かそうとすると、車が四メートル程下の畑に横滑りしたように感じられ、ブレーキを踏んだ。畑のほうに、人が浮いているように見えるが・・・。「酔っているのか」とアクセルを軽く踏んだ。

 

 ズ・ズッ。

 

やはり、崖の方に引きずられた。空中に暗い人影が薄っすらと見えるような感じが、やはり、する。しかし、酔っていた。只、不思議なのだ。只、眠いのだ。何故、崖のほうに、引きずられるのか。

 人影らしい暗闇が、スーッと、近づいたような・・・?

 

 

酒が入ってなければ、恐いって気持ちがあったかも知れない。車を降りて、崖までどのくらいあるのか確かめる程意識が鈍り始めていた。

 アクセルを踏み、道なりに右にカーブして左に曲がる。スピード加減が危うい。畑の立ち上がった面にぶつかりそうになり、軽くブレーキを踏む。直線コースをゆっくりした速さに戻す。T字のドン突きの道、小路から少し広めの道路に出る。左にカーブして田原坂の頂点に向かう。もうすぐ、左手に田原坂公園が見えてくるはずだ。

半分朦朧としていたが、車が停車してるのに気づくには幾ばくかの時間が必要だった。エンジンはかかっている。

「何で、停まっているんだ!」ブレーキを踏んだ記憶も無い。かなり酔って来ている事は、自覚で判るが、体が自由を奪われている感じがしてならない。アクセルをゆっくり踏み、スタートする。加減が難しい。公園の駐車場まで二、三百メートルもない。先ほどのT字路には人家だが、周りは平坦な畑が広がっていた。雲が晴れたのか、半月の月明かりが辺りを薄っすらと照らしている。アクセルをあまり踏み込まないように気を足元に集中した。ゆっくりと動き出す車。試験車輌のようだ。トロイ、実にトロイ。

 早く眠りたかった。前を二三人通り過ぎた。急ブレーキを踏む。ハンドルにいやというほど顎をぶつけたが、誰にもぶつかってはいない。周りを見回す。痛みの所為で、酔いが少し飛んだよう。

 そうではなかった。酔いが晴れるようなことはない。右手で、顎を押さえると、暖かいベトツキがあった。唇を切ったらしい。とにかく、駐車場まで行けば休めるのだ。気が焦ってきた。時間は過ぎてもなかなか先に進めないのだ。

 夜中だから、酒酔い運転で警察に捕まることは万が一もないが、「この睡魔から開放されたい」思いが、激しく苛立ちを強めた。理性を打ち砕くが如き思いに駆られた。少々右足に力をこめた。車は、軋みを上げて道路に飛び出し電信柱めがけて・・・。エンストを起こしていた。スコンとアクセルは意味の無い音を立てた。

腕時計に目を向けた。

暗い。

室内灯を点ける。

二時ゼロ八分。

今度は、すんなりエンジンかかり、静かなアイドリングの音が聞こえる。

何故車の調子がおかしくなったのか、そのときは何も気づかなかった。睡魔は、一段と強くなったが田原坂公園に何とか到着する。車を反転させ電話ボックスの横につけた。座席を倒すとすぐ眠りについた。

 

白い霧に覆われた中で銃声が響く、どこからか光が差しているが所在は突き止められない。起伏の激しい森の中に迷い込んでいるらしい。茂みがざわめき押し殺したような人の声がいたるところで聞こえたが姿はいっこうに探し出せない。一発の銃声。

パーンと軽い音。栗が火の中ではせる音に似ている。遠くで数発の音。わたしはゆっくり歩いていた。この様な山道を歩いたのは、小学校の遠足のとき以来だった。わたしは、草に負ける(草アレルギーなのかも知れない)。だから、草木に近寄らない。田舎に住んでいるのに、田舎が、自然の草木が嫌なのだ。コンクリートジャングルは、わたしの天国なのだ。空気は澄んでいたほうが好い。しかし、生活に便利な都会がいい。(生活は、田舎にいて、燦燦と輝く太陽と眼下に広がる山間の木々、壮大な山々が自然の恵みを教えているかのように、わたしを包んでくれるのである)と云うような言葉は田舎に住んでいる自分には理解しょうがない。一二日で腰まで伸びる雑草、いつ踏むか判らない蛇。寝床に忍び込むムカデ。食事中飛び交うハエ。雑草を二週間採らないと覆われてしまう家。草は、とってもとっても、後から後から生えてくる。視界を遮る雑草は、足元の短く密集する頑固な草を押し隠す。それらの草は、毒虫や両生類の棲み処になる。

断固として、田舎を離れ都会にあこがれる。暫く暮らした大阪は、工場の吐き出す有害なガスで臭いに倒れそうになった経験はあったが、毎日刈る大量の草、そして其れに費やされる貴重な時間。農家であれば、農具がある。公務員や会社員の家には、農具は無い。毎日使うものであれば、公務員や会社員であろうが購入すればいいのだ。しかし、わたしの父は、農家上がり、軍隊上がりの頑固者で息子の金であろうが、農具を購入してくると「うちは、百姓じゃなか!」と云って、人にやってしまうのだ。そうかと思うと、勝手に他人の家に行っては、「黙って、もろてきた」と勝手に持ってくるのだ。素手で、草取りをやるのは、わたしだった。草に負けると体中にブツブツが出来て痒い。それから、汁が出て痛みがある。

そんな、草木の多い森の中に故意に入り込むことなど無いのだ。

「何故」という問いかけが、自分の脳裏に浮かび挙がる。うつつではない。幻なのだ。つまりは夢の中。

が、酔っているから、知らぬうちに彷徨い込んだ懼れもある。とにかく、此処を出よう。どちらに歩いていけばいいのか判らない。下に向かおう。下に向かえば川か道に出る確率が高い。上は、日が昇れば見晴らしが良く地理が理解できるかもしれないが、今は夜。上るより下るほうが得策だ。そう判断して降り始めたはいいが、草が密集してきたではないか。蛇は嫌いであった。木々の落ち葉も厚くなってきている。

かなりの弾力だ。葉っぱも一メートル以上積もると自然に落とし穴が出来る。虫達の王国が存在するのだ。

下るのは中止したほうが良い。傾斜を上り下りせず、平坦と思われる方向へ進むことにした。

人の声がする、微かだ。先ほど銃声がしたが、鳥か、猪狩りでもしてるのか。もし、そうなら、私自身が狙われる可能性があるではないか。

「歌だ!」歌を歌えば、人と判る。「助け」を呼ぶのだ。助けを呼んでいるのに獣と間違えて発砲するはずが無い。まずは、歌だろう。「歌?」

歌を歌って助けを求めるのは、「おかしい」。馬鹿にしていると思われかねない。置いてけぼりを食らったら、救助に来てくれる人もいなくなるではないか。

此処は、「助けてくれー!」と叫ぶほうが利口だ。だけど、道が、すぐそこで、「年下の知り合いだったら恥ずかしいな。」

「先輩、こんな所で、助けてーって、案外臆病者だったんですね。ギャハ・ハ・ハ」はないよな。と恥かしくなってきた。自分に、危機感がない以上助けを呼ぶのはよそう。

そう思うと、やはり、恐くなってきた。

何日も、此処を彷徨い続け死んでしまう、かもしれないじゃないか。

「敵兵だ!」

どこかで、声がした。「敵兵」だって?

「なんのこと?」自分に何か起こっているように思えた。

 

パパパパーン と銃声。(結婚式の音ではない。あれは、パパパ・パ~ンなのだ。

(パパパ・パ~ン・パパパ・パ~ン・パパパ・パ~ン・パ~ンパ~カパカパカパ~ンパカ~パン)

連射は、狩りの音ではない。

木々の向こうで人が動いている。かなりの人数だ。

ワァーと軍が押し寄せてくる掛け声に似ている。

うろたえている、わたしの前に槍や刀を持った兵隊たちが、風のごとく現れた。額には刀受けの鉢巻をしている。二十人以上の兵士たちだ。みな、肩で息をしていた。闇雲に後ろで火縄銃の音がすると、目の前の兵士の数人が倒れた。

「斬り殺せー!」と誰かが叫んだ。目の前の兵士たちは、わたしの方に向かって走ってくる。槍を構え、刀を肩の上に挙げ。

わたしの後ろから、別の兵士が飛び出し、面前に迫った兵士たちに斬りかかった。目前に人の血が飛び散る。

赤。赤黒い血。

血だった。

わたしは、半狂乱になっていた。

身をよじり、剣を交わした。が、横に居た兵士から繰り出される槍が、胸元へ刺さろうとした僅かな間に、誰かがわたしにぶつかってきた。間一髪とはこのことだ。わたしの上に倒れこんだ兵士の肩から入った槍は腰の辺りまで刺さり、それが引き抜かれたとき、兵士の血が、頭から降り注いだ。

 

ガ~ッと飛び起きたとき、わたしは、車の中に居た。

何がなんだか、判らないが今は、車の中にいた。

夢だったのだ。そう夢だった。夏の夜車の窓は締め切り、エンジンを切っていたので、クーラーっ気は消え去っており、びっしょりかいた汗の臭いが、充満していた。ただ、その中に、死臭が漂っていた。「夢に臭いまでするのか」と、悪夢から開放された安堵感とでフッと笑いたくなった。腕時計は、二時五十分を過ぎた頃だった。まだ、酔い気は残っている。少し、寝ていたかった。起こしていた体を倒し、目を閉じた。

すぐに、わたしは戦場にいた。逃げ回っていた。至るところから、矢が飛んできて体を掠める。銃声は怒涛のように各所から響き、何処に逃げたらよいのか。もう、どうなるのか。予想もつかなかった。

肩まである茂みに飛び込み、身を丸めた。

周りを、兵士が駆け抜けていく。

突如、頭を突っ込んできた男は仰向けで、口からわたしの顔に血が迸った。

思わず、悲鳴をあげた。

周りの足音が止まった。

 声を潜めた。しかし、体が震えていた。恐怖で掴んでいた草が頭上で揺れている。

ヒソッヒソッと話し声が近づいてくる。ひとりふたりではない。完全に周りを囲まれてしまった。

突如、左右に開かれ、見上げたわたしの前に、顔中血だらけになった男が立っていた。体を起こすとその男の体を押しのけた。

 

鼻に激痛が走った。

「もう、終わりだ!」と、薄目を開けてみると、ハンドルに顔をぶつけていた。夢とは思えない状況だった。心臓は張り裂けそうにバクバクしている。

ひそひそ声は消えていなかった。周りを見ると、サイドガラス、フロントガラスに鉢巻をした血だらけの男たちが、顔を擦り付けているのだ。

身の毛も余立つ殺気が背杉に起こった。後ろを向くと、槍でガラスを打ち破ろうとしている。エンジンをかけると、闇雲にバックさせた。人の悲鳴が聞こえた。フロントガラスの兵士たちも振り落とされている。ギヤを前進にいれ、アクセルを踏んだ。前にいた兵士が倒れ踏み越していく。前にはブロック塀が迫っていた。ぶつかる寸前、思いっきり右にハンドルを切り、アクセルを踏み込んだ。わきの叢から、兵士たちが車に突進してくる。それをかわしながら、坂道を下り始めた。車の天井に飛び降りてくる兵士たち。慌てていたので、背もたれを起こしていなかった。体が固定されていないのは、これほどまでに運転しづらかった。ハンドルを切るたびに体は左右に揺れ、ブレーキを踏むたびに、前後に揺れるのである。よいもぶり返し、吐き気に襲われながらも、カーブに継ぐカーブを切り抜ける。

綴れ折の道を走らせた。タイヤが悲鳴を上げている。夜中、この道で事故る人たちは、誰もがこの兵士たちに襲われていたのか。そのわけを理解した。208号線に合流。安全域に達したことも理解した。

伊倉の自宅に帰りついたのは、三時十五分だった。家の庭に駐車したが、車から降りる元気はなかった。

体が恐怖に震えだしたのは、それからだった。今経験したことは、夢なのか、真実なのか。他人に話して、信じてもらえるのか否か。

只のホラ話として、文章にしたためるべきなのか。二十五年過ぎた今、わたしには、わからない。

あれから25年、田原坂公園には、夜に通過することはやめている。

このことは、気の知れた友人に話したことがあるが、「文章にしたら、ちょっとくらい金になるかもよ」と云われただけで、笑われてしまった。

                              おわり