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17/07/2006

聖書との出会い

私は歴史が好きです。西洋史、東洋史、日本史それぞれに違う面白さがあります。しかし、行詰る所、人の発生です。宗教的発想に関るのはあまり好みではありませんが、こう人種差別や戦争が存在することは、人間そのものの不完全さと傲慢に行き着くわけです。

私は、残念ながらクリスチャンでは、ありません。定期的に浄土真宗の寺に出向くわけでもありません。

しかし、歴史書の一環として、聖書にも興味はあります。聖書は、読めば読むほど疑問が湧いてくる書物です。

私は、少年時代、本を読むのはあまり好きではありませんでした。小学校の3年までは、漫画の本さえ読みたくはなかったのです。

「小学4年生」小学館の月刊誌です。私が麻疹にかかり、学校を休んだ日に母が、その雑誌を買ってきてくれました。付録はうれしかったが、本誌には目もくれませんでした。「折角、買ってきたのだから」親の強制もあり、しぶしぶ目にしたのが「進め!ピロン」(藤子不二夫の連載漫画)でした。(のちに、「海の王子)と名前を変え単行本化しましたが)

ときどき見ることの出来るテレビ映画・「月光仮面」「隠密剣士」「姫様七変化」「笛吹童子」「紅孔雀」の断片。それらは、全て、断片でしかなかった。まともに最初から、最後まで一括して見れるものは少なかった。週に一度村にやってくる紙芝居も、いつも続き物で、途中から始まり、途中で終わってしまっていた。要は気軽に物語を一気に読んでしまえるもの、それは、読みきりの、貸本漫画だった。当時、若者の映画と言えば「石原裕次郎」「赤木圭一郎」「小林明」「宍戸錠」が出演してる作品群だった。

貸本漫画は「トップ屋ジョー」「ゴリラマガジン」が主流だったように記憶している。そのうち、「刑事」「影」「魔像」「ミステリミステリガールズ」等の読むようになってきた。衝撃的な出会いが「墓場鬼太郎」であり「悪魔くん」であった。少年サンデーに「河童の三平」の連載が始まった頃、河童刈りに頭の頂点の髪が薄かった所為で、「河童の三平」は早速私の渾名になった。

漫画家「水木しげる」私が一番に憶えた漫画家の名前だった。「河童の三平」というタイトルを付けた漫画家が憎かった。しかし、「ゲゲゲの鬼太郎」ともども最高に好きになった作品だった。そのうち、「河原三平の行き方もいいな。」と思うと、渾名が気に入ってきた。気に入ってきた頃になると、「お前には、もったいない名前だ!」と言い出し、あれでもない、これでもないと、最後には「蛸八」になった。

その名を呼ばれると返事はしなかったが…。返事をしないと、同級生は必死に呼ぶようになった。別に友達はいらないと思っていた。

「僕には、漫画がある」日夜、漫画の似顔絵を描くことに勤しんだ。

「なんや、おまえも漫画上手ネ!」漫画仲間の出現だった。彼はなんと「鬼太郎」を書いていた。私は嫌いだった「河童の三平」だった。スタートが一緒だから、絵柄も一緒だった。(こうして、次の年漫画家を目指すNCS1967という漫画研究会を発足することになる。以後、別個目にて)

水木先生にファンレターを出したり、「ゴリラマガジン」投稿したりしたが、石森章太郎先生の「続・漫画家入門」が、漫画道の第一歩だった。

「漫画を描くには、ストーリィを重視しなければならない。」中学の図書館から借りる「物語」「小説」なる新しい読み物。「漫画ばかり読んでいても、それを超える漫画は描けないんだ!」会員が増えてくると、作画部と文芸部を作った。さいとうたかを先生の組織を真似しようとした。しかし、中学生は中学生でしかなかった。進学組み集団就職組みと分かれてしまうと「高校」に進学したら、「このグループはどうなるのだろうか」という不安だった。

中学の卒業文集に「講談社漫画募集で入選し漫画家になる」と未来の夢が載っている。漫画グループの名は、講談社フェーマススクールが始まった年と同じスタートに合わせ、NCS1967としている。現在、2006年になった今も変わらない。

講談社に裏切られても、我がグループは、講談社と共にあるのだから。

高校時代、書店でエドモンド・ハミルトン「キャプテンフューチャー」やジュール・ベルヌ全集(集英社)と出会い、物語の面白さに胸沸き起こる時代だった。

「さいとうたかを劇画通信教育ゼミナール」の受講は、初級、中級それぞれ三ヶ月の半年で6000円。高校時代の弁当代一日100円の25日分2500円から、1500円を支払った。途中、夏休みが入り、最後の一ヶ月分は、遅れてしまった。

さいとうプロから、届いた通知は「高等科には、進めません」手痛い文面だった。

書店で、岩波文庫を読み漁りだした当時、「創世記」「出エジプト記」の二冊と「般若心経」の文庫本を購入した。

SF小説気分で読んだ「創世記」は、今まで読んだ小説より、私の心をつかんでしまった。「なんと、奇想天外な物語であろうか」と。

それに続く「出エジプト記」は、予想だにしない展開になってきた。

あるとき友人が、「文庫」は高くつくだろう。一冊に纏まった「聖書」を購入したら。と云うのだ。

書店で聞くと1700ページに及ぶその本が380円。文庫本と同じ大きさで、ハードカバー。一週間学校での昼飯代を溜め込んで購入した。文庫本のように、解説は付いていないが、安価で買えたは、助かった。しかし、読めば読むほど、疑問が増えるばかりだ。やはり、岩波文庫はその後も、購入することになった。「レビ記」「民数記」但し「申命記」は手に入らなかった。

解らないところは、何処で教えてくれるのだろうか?解らないところは、ノートに、書き記すことにした。

仏教のお経の解説本があると購入した。

そんな私に、仏教かぶれの母が「お経の意味なんて、どぎゃんでんよか(どうでもいい)写経して、寺に収め、解らんでんよかけん、お経さんば、あぐっとよかったい(お経を唱えるといい)」と云う。私は、お寺に行き、「経典の内容は、理解しなくとも、只唱えるだけでは、意味を成さないのでは」と、聞くと。

「そうです。意味が解らない経典を幾ら唱えても、意味はありません。何故なら、意味を理解し完全に憶えて、行動に現れるから」

経典は、ゴーダマ・仏陀と舎利子との問答を漢文に書き写したものです。私の読んだものは、数える数点のみ、もっと多く読みたいが、金額がはるので入手は無理。

聖書の解説本となると、日本約の本はかなり少なく、「聖書の完全理解はまた、無理なのです。」ただ、知りうる限り、調べています。

聖書との出会いは、「西洋史、東洋史、日本史」関係の書物をより面白く裏の目を持ったように思えます。

人間発生?トロイア戦争、ペルシャ帝国。アレクサンダー、クレオパトラ、ローマ帝国の興亡、フン族(モンゴル)襲来からのヨーロッパの闇の時代のはじまり、ゲルマン民族の大移動、ローマ帝国の分裂。フランク王国の出現。バイキングの脅威。オスマン・トルコの威圧。十字軍派遣。ヨーロッパの形成。新大陸への大移民。ナポレオンのたそがれ。アメリカの発展期の西部劇(風と共に去りぬ)。ヨーロッパの開放と言われた第一次世界大戦(誰が為に鐘は鳴る)。

中国十八誌略、史記。中国四大奇書、紅楼夢、聊斎志異。

日本の起こり、邪馬台国、源氏VS平家、戦国時代、江戸時代初期、および幕末期。明治初期の西南戦争。帝国日本の戦争の時代。大正デモクラシーにおける政治と経済。世界が侵略戦争に乗り出す闇の時代。

過去の歴史を研究して、未来の予想を立てて生きたいものです。

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