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18/07/2006 創作の手本「火星年代記」 レイ・ブラッドベリの「火星年代記」は、1950年4月にアメリカで出版され、幻想的な詩情豊かな表現は、世界中の人々を魅了し続けています。日本の漫画家「萩尾望都」先生のあの幻想的なイメージと言えば、現代の人々にも伝わるかもしれません。
この火星年代記は、1976年3月10日、ハヤカワ文庫<NY114>で出版されました。その後、3年目にアメリカで、短期集中長編TVシリーズ「火星年代記 」が、日本に上陸。既に、SFマガジンや、同人誌「宇宙塵」等で紹介されたり、文庫本を読み終わっている人には、喜ばしい「報道」でした。毎日、90分、6日連続放送だった。 TVドラマは、小説を忠実に映像化し、私の知りうる限り、殆んどの人が絶賛しました。「谷間を走る火星人のシップは、あんな形をしていたんだ。」と、画面に釘付けされた思い出があります。 「1999年1月 ロケットの夏」から始まり「2026年10月 百万年ピクニック」まで、26の年代それぞれの短編でつづられています。 2ページのエッセイのみだったり、火星への夢を募らせる人々。火星にやってくる地球人を厄介がる火星人の話。地球人と火星人のファースト・コンタクト。 様々な、障害が双方に降りかかります。詩情的に語られる、言葉の魔法に酔いしれる処もあり、サスペンス調の小説風な場面。一人の作家が書いたとは思えないバリエーションに富んだ作品に仕上がっています。 「火星年代記」は、世界で発表されるや、その手法がいたるところで真似されました。アイデアに詰まった作家達は、「火星年代記」を手本に、新しい世界を再現し、始めたのです。1950年以降作家になった小説家の大半が、レイ・ブラッドベリの作品を絶賛するほどです。 小説家を夢見る人なら、是非一読をお勧めいたします。また、読書人で「レイ・ブラッドベリ」を知らない人、「火星年代記」を読んでいない人がいましたら、是非一読をお勧めいたします。 arkajes 10/07/2006 栄光の漫画 第二回栄光の漫画 第二回 「貸本漫画から、雑誌連載漫画へ移行した作品」
1. さいとうプロ作品が好きだった頃 過去形を使うと「今は嫌いなのか」と言われそうだが、「好きなのは好き」なのです。 私が最初にさいとうプロの作品に触れたのは紛れも無く貸し本の「ゴリラマガジン」でした。小学校に通っていたころ、漫画雑誌自体が高級品だった。 家庭は貧窮しており、学費だけでも侭ならない頃です。終戦から20年日本は目覚しい発展を遂げつつあった。しかし、弩田舎の私の棲む周辺はそれほど裕福な家庭は無かった。 小さな本屋が一軒、貸本屋が三軒。書に触れようと思えば出来たのですが、そう身体が強いほうではなかったので、絵を描くのが好きだった。美味いほうではなかったが、手本は、貸本屋で借りてくる「ゴリラマガジン」月一回個っきりの楽しみ。だけど、印象深いのは「台風五郎」の11・12巻。五郎の死でした。 貸本は「ゴリラマガジン」しかなかったのか?と聞かれると、そうではありません。「墓場鬼太郎」「河童の三平」「ヘビ少女」「トップ屋ジョー」「刑事」「ガールガールガール・ミステリ」「影」4~5センチ程の分厚い「魔像」もありました。 昭和35~42年代、この頃は、112ページ~256ページの漫画貸本がかなり多く出回っていました。貸本は、貸本の周回業者がいて、貸本屋の買取と週間貸出の種類があるらしく、例えば、「ゴリラマガジン別冊・M&GシリーズNo.8」が、松村書房に一週間。長岡書店に二週間、岩本屋に一週間と回っていき、八週目に田崎屋書房に買い取られる形。また、泉屋書籍が220円の定価で買取本には「泉屋書籍」のスタンプが至る所に押され、頁破取定価の倍額弁償等と赤印が押されている。それが、一年ほど棚に並べてあるが借り手がなくなると、同業者に安く売り捌く事がある。その時期に、その本に目をつけている読者は、定価の1/5,1/4,1/3と店主と交渉する機会が訪れる。 漫画家になりたいが、漫画を勉強する教科書が無い。貸本と漫画雑誌連載の違いは、映画とテレビドラマの違いが、僕等少年達には判っていた。
2. コレクション 漫画家を断念した我々は、貸本時代の赤本漫画をコレクションするのに何百万円使ったことか。収集初期は20円昭和40年初期は100円。中期は250円。50年代は400円になった。平成なると2000円~50000円となった。
3. 大いなる消失 価格を知らない親達は、コレクターの目を盗んでは、「捨てる」「燃やす」の行為に出る。 貸本で読んだ作品は、読者にとっても、作家側にしても思い出深い「作品」だった。貸本は、作家と読者がドッキングした状態で造られていた。娯楽の少ない時代だったからこそ、読者は、なけなしの金で5円のはがきでファンレターを描いた。それは、次の出版される本にファンの小部屋欄に載ることがあった。載らなくとも、漫画家ご自身から、サイン入りのはがきが100%送ってきた時代でもあった。 特に、ファンに優しかったのは、「水木しげる」先生だった。たった一度ファンレターを出しただけなのに、正月盆と三年に渡って、6枚の年賀と暑中見舞いが送られてきた。 私の宝物である。残念ながら、大阪に住んでいた頃に、田舎の父親が大量の漫画本と共に燃やしてしまったのだ。 昭和41~47年の週間少年マガジン。昭和42~47年週間少女フレンド、同時期の週間マーガレット。 創刊号からの月間漫画ガロ。 小学館のゴールデンコミックス・(伊賀の影丸・手塚治虫全集などがあった。) グランドール・フィルムはいきている・ナンバー7・ジャングル大帝・リボンの騎士・鉄腕アトム他にもあったが、その後の虫の標本箱や講談社の手塚治虫全集は購入していない。 水木じげる先生は、私自身、読者にあれだけ慕われる漫画家はこの人ひとりだと思った。あのような、漫画家になりたい。 後で読み返して、凄いと思った「白土三平」先生。 漫画の芸術「つげ義春」先生。
1(承前). さいとうたかを先生の作品で好きだったのは、甲良幹二郎先生や武本サブロー先生・石川フミヤス先生・小池一雄(夫)先生がいらっしゃった頃です。
本題
1. さいとうたかを編 「ベリー・ファーザー」全三冊 ・友人からベリーファーザーの紹介コピーを25年前見せられたことがあり、貸本で1~3まで出ていたんだと、そして、それは少年サンデーに連載していた「サイレント・ワールド」だってことを。秋田書店のサンデーコミックス全2巻で出版された初版本を今も大事に書棚に並んでいます。昔の新書版単行本は、糸篝で本の背が折れても頁が抜け落ちる心配がありません。日本のスペース・オペラは「ベリー・ファーザー」が最初と思います。 「デビルキング」全三冊 ・貸本:私が貸本として借りたのは、第二冊目だったように記憶しております。全巻あらすじが見開きカラーで描かれておりました。全容は、覚えていませんが、少年サンデーに連載が開始したときの私の心は、飛び上がったものです。 「武芸紀行」全三冊→ハードカバー本全二巻 「武芸紀行」貸本で全三巻所有しています。来客が持ち出しても、売れないように私の印鑑で捺印していますので、価値はありません。しかし、この作品も「風と雲と剣と」(全8巻)になり、リイド社から出版。「ディンゴ」の連載終了後、リイドコミックに連載いたしました。貸本版は、少年向けだったのに対し、作家の成長も伴って「アダルト」風になり、内容もグレードアップしています。 2. 水木しげる編 「悪魔くん」 貸本版の書き直しといえば内容的には「少年ジャンプに」連載した「悪魔くんの復活・千年王国」の法なんですね。「少年マガジン」に連載していた「悪魔くん」はテレビ化しましたが、タイトルは「がんばれ!悪魔くん」だったように記憶しています。 物語は、「千年王国」のほうが面白い。只単に妖怪退治だったら「月光仮面」「七色仮面」「ナショナルキッド」と変わりありません。 えっ!少年マガジン版の「悪魔くん」が復刻されたらって? 1冊、3000円くらいだったら、購入しますね。但し、ハードカバー糸篝り箱入りにして欲しい。小学館の「カムイ伝」風なら、全1巻にして9800円。 「墓場鬼太郎」 貸本版の「墓場鬼太郎」はかなりの巻数読んでいましたが、竹内版「墓場鬼太郎」があったと云うのは、ネットでつい最近知りました。鬼太郎があの気持ち悪い顔立ちが気にいっていたのですが、少年マガジン版になると、整いすぎているのです。勿論、講談社コミックス全七巻夜話+二巻は購入しています。 ピーナッツブックスの初期のスヌーピーは四足で走る犬そのままでしたが、巻数を追うごとに二本足で歩くようになり、マスコット風になっていきます。 鬼太郎が国民的ヒーローとしての鬼太郎へ変身していったのは、水木先生のご自身の考えなのか、出版会社の意向なのか、はたまたテレビ放送によるのか定かではありません。 ムロタニ・ツネ象先生も、鬼太郎に似たキャラクター「地獄くん」をお描きになりました。「鬼太郎」と「悪魔くん」の中間的存在でしたが、購入は躊躇しました。(こう云ってしまうと「語弊」があるといけないので、ムロタニ先生の作品も私を夢中にさせた作品が有ります。昭和42年4月より翌年3月まで、毎日中学生新聞に312回に渡って連載した「ミクロマン」です。ついで「スペースマン」が連載されましたが、この二作品は、「地獄くん」を遥かに上回る作品でした。単行本になるのを待っていたのですが、出版されませんでした。)
「河童の三平」また、次回に致します。(最近になり、様々な新事実が明らかになってきています。-----友人が「思い出話だけでは、誰も納得しないんだって」「思い出話は、同年代でやることで、研究結果のみが、広い世代で受け入れられる」ってんだから、ね。) ここは、気楽なブログだから、許されますよね。 ホームページだったら、ザックバランには、いかないかもしれませんが。
arkajes
栄光の漫画 第一回栄光の漫画 第一回
新事実発生(コラム訂正) 「第4弾 くず篭に3匹」「第5弾 虎視たんたん」
05/07/2006 「虎視たんたん」 外は雨、CADの仕事も切れたまま、HPl製作請負業も此処三年上がったまま、職安通いも半年になり、MacOSXの購入はどれだけ先になるのだろうか。
本棚の奥で不振な音?事務所に小鳥でも入ってきたのか。二重に入れてある本を久しぶりに出してみると、サンコミックス「虎視たんたん」が出てきた。
さいとうたかを先生著作のパクリ屋お六シリーズ➂作目にあたる。貸本時代に出版されていた合併本が「劇画秀作シリーズ④」として、復刻されたものだ。
おくずけには、昭和45年12月10日2版発行、とある。一緒に並べて置いていていた「くず篭に3匹」が見当たらなかった。どこかにあるだろう。
貸本版のパクリ屋お六は、全3作。
➀くず篭に3匹
➁大いなる消失
➂虎視たんたん
貸本の新書版として復刻された漫画単行本シリーズは、サンコミックスを含む多くの出版社が出版している。昔は、漫画家が不足していたのだろう。
くず篭に3匹は、大いなる消失と合本になって、240円で刊行された。これは、初版を購入したが、虎視たんたんは中学時代には入手出来なかった。
熊本市内までは汽車で6つの駅がある。田舎の本屋に無くとも都会に出れば「虎視たんたん」が手に入るかもしれない。たった一冊の漫画単行本を手に入れるだけでも、思い切りが必要だった。交通費も含めて百円札四枚の大金をポケットに押し込んで・・・。
私が一番集めたコミックスは、さいとうプロダクションが一番多い。だからといって、一番好きな作品揃いって訳ではない。
貸本時代は、それなりの善さがあった。確かに、漫画黎明期であり、一般文学に勝る作品はおそらく無かったと、言っていいだろう。
少年向けテレビ映画も通して観るとまどろしくて、腹が立ってくるのが多い。
しかし、テレビにしても然り、黎明期だったのだ。21世紀になって、CGやSFXも加わり、第一熟成期に入ったのである。
この「パクリ屋お六」三作品は、テレビアニメーションの「スカイヤーズ・5」をより楽しませる火付け役にもなった、輝かしい先祖の一歩なのである。
日活映画の漫画化的作品の「トップ屋ジョー」シリーズも漫画貸本として、私達少年達を沸かしてくれたのだ。
後に、さいとうたかを先生等は、雑誌「プレイコミック」に、甲良幹二郎先生の時代超大作「かまいたち」の後に「パクリ屋お六」を復活させている。
次回は「貸本漫画から、雑誌連載漫画へ移行した作品チェック」
arkajes
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